天気予報でよく「大気が不安定」という言葉を聞きます。大気が不安定とはどういう状態のことでしょうか?
今回は大気の安定、不安定について流体力学的な説明を交えてお話したいと思います。(ちなみに、筆者はいちおう気象予報士の資格を持っています。)
目次
大気の安定性
「大気が不安定なので、突風や雷雨に注意しましょう。」
天気予報では「大気が不安定」という言い方が出てきます。大気が不安定になると、突然の突風や雷雨(いわゆるゲリラ豪雨)などが起こりやすく、時として甚大な被害をもたらすことがあります。
大気が不安定というのと同時に、「上空に寒気が入る」という言葉も合わせて使われます。だいたい上空に寒気が入ると大気が不安定になります。
断熱減率
通常は、大気は上空に行くほど温度が下がります。一般的に100m上昇すると約1℃温度が下がります。これは、熱力学の第1法則と静水圧平衡から導かれます。大気が、流れがない静水圧平衡にあれば、
$$\Delta Q = C_p \Delta T + g \Delta z \tag{1}$$
が成り立ちます。$Q$は熱量、$C_p$は熱容量、$T$は温度、$g$は重力加速度、$z$は高度。
ここで、断熱変化$\Delta Q = 0$を考えると、
$$\Gamma_d = -\frac{\Delta T}{\Delta z} = \frac{g}{C_p} \tag{2}$$
となり、$\Gamma_d$を乾燥断熱減率(= 9.76 K/km)と呼びます。1kmで大体10Kなので、100mで1℃の温度低下というわけです。
ここで、空気の上昇を考えてみます。空気の塊を上昇させると膨張し温度が下がりますが、周りの大気がこの断熱減率に従って温度が下がっている状態であれば、上昇した空気と周りの大気との温度は同じです。
大気が不安定な状態
ところが、上空に寒気があり温度が低い状態だとどうなるでしょうか。この場合、上昇した空気の温度は周囲の温度より高い状況になります。空気の温度が高いと周りに比べ密度が小さいため、上昇した空気は浮力によりさらに上昇しようとします。
つまり流体力学でいう熱対流(自然対流)が起こる状態です。この状態を「大気が不安定である」と呼んでいます。
熱対流が起き空気がどんどん上昇していく条件で、地表にある暖かく湿った空気が上昇すると、上昇した空気中の水蒸気は凝結を起こし雲が出来ます。積乱雲(入道雲)などはこの激しい対流により形成され、凝結した雲からは雷や豪雨が生じます。また、対流は上昇気流だけでなく強い下降気流を伴う場合があり、突然の突風により被害がでる場合もあります。
つまり、「地表に暖かく湿った空気があり上空に寒気がある場合は、大気が不安定となり、熱対流により上昇した空気が凝結し雲を作り、雷雨や突風をもたらす。」というわけです。
梅雨の終盤時期にはこの状態が各地で起きます。上空には北からの寒気が残っていて、地表には太平洋からの暖かく湿った空気が絶えず入ってくる状態です。この時には大気が不安定な状態になり、対流が激しく起き、積乱雲により雷雨などの被害がもたらされます。
また、最近よく聞くようになった線状降水帯は、このようなメカニズムにより積乱雲が持続的に発生し、上空の風に流されることで線状に連なった構造をしています。
大気が安定な状態
反対に、上空の気温がそれほど下がっていなかったり、逆に地表に比べ温度が高い状態になっている場合を考えましょう。この場合、上昇した空気は周りの大気に比べ温度が低い状態となります。この場合は浮力が働かず、それ以上上昇しなくなります。この状態は「大気が安定である」といわれます。
つまり熱対流が起こらず、空気は上昇しないため雲も出来ず、よいお天気となります。
温度減率
高度に伴う気温の減少率を温度減率$\Gamma$と呼びますが、温度減率が前述の断熱減率より大きい($\Gamma > \Gamma_d$)と不安定、小さい($\Gamma < \Gamma_d$)と安定となります。$\Gamma= \Gamma_d$は中立と呼ばれます。
なお、実際の空気は水蒸気を含んだ湿った空気です。湿潤な空気の断熱減率は、乾燥断熱減率より小さくなります。これは潜熱分があるためですが、飽和した空気の断熱減率は湿潤断熱減率$\Gamma_m$と呼び、約6.5 K/kmの値です(100mで約0.65℃低下)。
上図と同様に図示すると、次のようになります。
大気の温度減率が乾燥断熱減率より大きければ絶対不安定、湿潤断熱減率より小さければ絶対安定と呼ばれます。また、乾燥と湿潤断熱線の間は条件付不安定といい、空気が飽和なら不安定、不飽和なら安定となります。
熱対流のシミュレーション
視覚的に熱対流の様子を見るために当サイトのオンライン流体解析ツールCATCFDzeroで流体シミュレーションを行ってみましょう。
水平方向に1000m、高さ方向に1000mの領域を考えます。地表温度を20℃とし、高度1000mの温度を5℃、15℃としたときに、対流の強さがどう変わるかを計算してみます。
気流の速度ベクトルの結果図を以下に示します。
左:上空5℃、右:上空15℃
水平方向の0と1000m付近で上昇気流が起こり、中央で下降気流となり全体で対流の渦を作っています。この結果から明らかなように、上空の温度が小さい方が上昇気流と下降気流の流速が速くなって強い対流が形成されている様子がわかります。
※正確に言うと、このシミュレーションは非圧縮のブシネスク近似を用いた自然対流計算のため、実際の大気(圧縮性)とは厳密には違います。しかし、温度条件による対流の強さを相対的に比較する分には役に立つ計算です。
まとめ
大気が不安定とはどういう現象のことかを解説しました。天気予報の用語は毎日のように聞きますが、天気は流体現象によってもたらされています。実際に流体力学で気象を考えてみると、何気なく聞いていたことばも理解しやすいかもしれません。